あいかりんの絵日記

気まぐれで私の描いた絵がついてきます

譲れない私のアナログ

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ここ最近で同じようなことを他の人に言われた。

「まだ紙の本を読んでいるの?」
「音楽はスマホで聴いていないの?」

 

 

そう。
私は、本は紙の本を読み、音楽はウォークマンでしか聴いていない。
その理由を考えてみたけれど、今のままで満足しているというより、今の状態を愛しすぎている、に近い。

 

タブレットなら、1つの端末に何冊もの本を入れられるし、いつだって気軽に読めるのだろう、と思っている。読みたいと思った本を、思った数秒後に手に入れることも可能であることも分かっている。が、これまで手を出したことがない。

スマホなら、LINEもTwitterも音楽も一気に1つで楽しめる。アプリで無料またはお得な価格で好きな音楽を聴ける時代なのも承知だし、アプリのインストールはしている。が、続かなかった。

 

なんでだろう。

 

 

私は、小さい頃から本を読むのが好きだった。

冊数は多くなくとも、読み込みのめり込むタイプだった。読む伝記は今考えるともっぱら医療従事者のものが多かった。ファンタジー小説も好きだった。高校生くらいになると日常描写の多い小説が好きになり、江國香織さんの小説は特に好きだった。

 

小説を読むよりも、ビジネス本をさくっと何冊か読む方が勉強になるし成長するだろうとも思っている。インプットモードの時はそういう本も読むが、それは自分の中で読書カウントされていない感覚だ。

私の読書は、綺麗な言葉あそびと、情景と、感情に包まれることに尽きている。大したことないように聞こえるかもしれないけれど、初めて「言葉」を「ことのは」と表現している本に出会った時に日本語の美しさに感動した記憶が今でも残っている。だから、私は大学生になってから敢えて源氏物語を読んだ。原文を買いたかったが、私の古文力が弱すぎて断念した...。綺麗だと思った。源氏がロリコンだとか言われるけれど、人間と愛と情と哀しさでいっぱいの作品だった。

 

本屋に行き、直感で気になるタイトルの本を引き出し、表紙の雰囲気と後ろのあらすじを見てみる。好きな作家さんの本の並びで読んだことのないものを選んでみる。最近はそれが楽しい。書店をふらふらして、結局買わない日も楽しい気持ちになる。あの空間が自分の中の何かをくすぐっているのかもしれない。

 

 

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音楽も近いものがあるかもしれない。


初めての自分の音楽プレーヤーはサンタさんからもらったピンクのCDプレーヤーだった。大塚愛さくらんぼを初めて入れた。そして高校時代からはずっと今の形のウォークマンだ。当時気になっていた男の子から借りたCDをまとめてウォークマンに入れて、初めてのアーティストの音楽の感想をメールで伝えた記憶が今鮮明に戻ってきて非常に恥ずかしくなっている。正直当時は良さが分からなかったが、今となっては思い出だ。その時のアルバムも、友達とのカラオケで知ったRADWIMPSチャットモンチーも、aiko阿部真央絢香もSuperflyも、3代目の現ウォークマンに引き継がれて残っている。

 

音楽は一番好きだ。今の喜怒哀楽が、その音楽との思い出とその時の感情にリンクして私を解放してくれる。ただそれだけのためのデバイスが私のウォークマンだ。邪魔するものが何もない。

未だに聴きたい音楽があると、TSUTAYAでCDをレンタルしたり購入したりしてウォークマンに入れている。超アナログだけれど、ダウンロードしている間にCDの中の歌詞カードを眺めることも楽しくてやめられない(aikoのCDはパカッとケースを外すとメッセージ書かれていたりもして、当時の楽しみの1つだった)。今ではサカナクションのライブはめちゃくちゃ行くし、今年はクリープハイプ椎名林檎のライブがスケジュールされている。耳だけでなく、目でも、体でも、音楽と一体化したい気持ちが強すぎるのかもしれない。

 

 

これが私が本と音楽でアナログを貫き通すことについて、他人を納得させる理由になっているとは到底思えないけれど、デジタル化できないのは、私が趣味を満喫するにあたって今のアナログ方式が大好きすぎるからなのだ。

だから、周りがタブレットを推そうが、スマホ音楽を推そうが、紙の書物とウォークマンが消えるまではアナログのままだと思う。ちなみに、私の方法を他人におすすめしようとは全く思っていない。個人個人が好きな方法でノンストレスな方法で楽しむのが一番だから。

 

宇多田ヒカルのCMが綺麗だったので、さすがにイヤホンはそろそろワイヤレスにしようと思う。

 

あいか(Twitter: @ica1299

 

 

 

ちなみに、、、

本をバッグに入れるのと、タブレットをバッグに入れるのを考えた時に、どちらにしてもバッグのサイズ自体は変わらないから本のままでいいや、と思った背景もある。小さいバッグでおしゃれしたい時にはタブレットすら入らない(長財布ももちろん無理)という問題は個人的に重大だった。。。

執着しすぎた一年でした。

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今年は1年のまとめ的な記事は書かなくていいやと思っていたのですが、先日のしおたんさん(@ciotan)のmilleuの記事を読み、なんとも言えぬ衝動を感じたので年の瀬にブログを更新することにしました。


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今年は、目の前の環境ややるべきことに執着しすぎた1年でした。

 

◼︎仕事

仕事なんて辞めたくなったら辞められる、くらいの気持ちで入社しました。
が、実際のところ色々と壁になることも多いものなんだなあと思うことが増えました。

 

「まだ何もできないのに」

「あと少し頑張れば」

「実力がついたら」

 

どれもゴールを迎える時期が分からないのに、これらのことが頭をよぎりまくり、仕事と自分について、理想の医療と現実の医療について、たくさん考えました。考えても答えなんて出るはずもなく、ただただ考え込むばかりでした。

 

ここから脱するための行動を少しずつ起せるようになったのは10月頃。かなり時間がかかってしまいました。現時点で先輩たちに勝てることを見つけて実践してみること、ランク問わず社員の方たちをよく観察すること、医療業界だけでなく医療系の事業に興味を持つこと、社外に目を向けて社内を客観的に見ること。

今まで自分に振られる業務に気を取られて精一杯だったけれど、知らぬ間に世間は高速で動いているんだと気付かされることも多かったです。では、この高速で変化する昨今の医療に対して、何をするのか?何をしていきたいのか?考えることも勿論だけれど、考えを話すこと、実行すること、形にすることを意識するステップに進んでいきたいです。

 

目の前にあることに夢中になりすぎて、自分だけで悩む時間があまりにも多かった。「新卒」で「未熟」で「会社員」であることに執着しすぎた1年でした。(会社は辞めません)

 

 

 

◼︎生活

大学入学から6年半、埼玉から東京まで往復3〜4時間程度かけて通学通勤していました。家から通うことで、金銭的余裕もあるし、食事にも困らないし、親にも心配をかけないと思っていました。

 オフィスも品川に移転したので、タイミングも良いしと都内に引っ越しました。引っ越してみたら、とりわけ食事に困るわけでもなければ、金銭的にカツカツしそうというわけでもなく、なんだかんだで実家に帰りまくりなので快適になりました。

 

今が一番良い状態、と思いすぎると何も出来ないのかもしれない。一番、なんてことは一生(は言い過ぎだけど)訪れないのかもしれない。

 今までの「生活」「安心」「安全」に執着しすぎた1年でした。ちなみに今まで何もできなかったけど、大体の家事ができるようになりました、万歳!

 

 

今、目の前にあることをコツコツこなすことも重要だけれど、今の場所・今の人・今の環境に依存しすぎないように、執着しすぎないように、そんな2018年にしていきたいです。たくさん執着した1年だったから、その次へ行ってみたいです。

 

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 色々な停滞期を抜けたので、もっと明るく生きていく所存です。そして、都民になったので前より遅くまで飲みに行けるようになりましたー!

どうぞ気軽に誘っていただけると嬉しいです!ほいほいついていきます!

 

来年も宜しくお願い致します!!!

 

あいか(Twitter: @ica1299) 

  

 

薬学修士卒業からのエンジニア歴半年の記録

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20代の薬学部の女の子が?こんな泥臭い仕事に?六本木や渋谷のIT企業でもないここに?華々しい世界じゃないけど大丈夫?たくさんの心配の声を掛けられながら、エンジニア生活も半年経ちました。

これまでに分かったこと出来るようになったこと、まだ苦手なことを記録します。

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■ 私の職種は、SIerらしい。

仕事何しているの?と聞かれても、はっきり言えない部分があったのですが、私の職種は "SIer" らしいです。何かを自分の手で自社のサービスを1から作るというより、クライアントの意図に沿ったものを作るためのシステム提案・構築・サポートなどを担当します。エンジニアにも色々な仕事があるんだなあという感じです。

ちなみに半年前まで「エスアイヤー」ではなく「スラー」だと思っていました。

www.weblio.jp

 

■ コードは全然書けない

上にも書いたように、職種柄コードをごりごり書くことはありません(私の会社だけなのかは分からない)。ただコードを見て何が書いてあるかは分かった方が良い時もあるそうなので、時たまWEBページのコードを眺めたり、軽い勉強はしています。

現時点で、"何をしたいのかは見て想像がつくものもあるけど、自分で書けと言われると相当厳しい" という状態です。

  

SQLは個人的に成長が見られる

データをかなーり扱う仕事なので、SQLは頻繁に使います。SQLserverとObjectBrowser を使っています。

当初は最も基本的な SELECT * FROM 文程度でエラーを叩き出すポンコツぶりでしたが(しかも自分でエラー箇所に気づかない酷さ)、今ではエラーには自分で気付くし、そもそもそこまで実行エラーを見なくなってきました。

何より考え込まなくてもJOINで結合するくらいはサクサク出来るようになりました。最近は、UNION で SELECT文をがつがつまとめる技術を習得しました。CASE文の便利さも分かってきました。

クライアントからお願いされた要求通りに何かが出来たときの感動は想像以上のもので、正直「とても助かりました」のメールをいただいた時は泣きそうになりました。SQL はなんだか楽しいです。もっと頑張りたい。

 

■ コマンド操作、バッチは感動の域

「コマンド操作分かりますか?」「コマンドって何ですか?」という会話を先輩とした今年の5月末。

コマンド書いて、VBScript書いて、ネットワークに繋げて、SQL呼び出して、とかもろもろをバッチファイルにまとめられることに感動しました。今ではダブルクリックだけで、思いのままです。タスク登録しておけば無操作...!何なの、人の手いらないじゃん、幸せ!!!

 

■ 攻略しきれていない実体のないものたち

私にとっての今の敵は、サーバ、ネットワークです。いやいやSIerってシステムじゃないですか、という感じなのですが。。自分の中でその実体が分からないことが最もネックでした。細胞も微生物も小さくても形は目で見れますし、異変には目で気付けましたが、彼らはそうはいかない。

やっと最近サーバは分かってきたかなあ、という感じです。飲み込むのは時間がかかるけれど、理解不能状態からは確実に抜け出せたはず。ネットワークも単純なものなら理解できるけれど、複数箇所の環境を繋げられたりすると口頭では理解が厳しいので図にしてください...という気持ちになります。

 

 

■ とはいえ医療も忘れていない

エンジニアとはいえ、医療にも関わっています。どんどん生理学的なことや薬理学的なことが自分の中で薄れているのは懸念ではあるのですが、医療制度・薬価制度・製薬業界や医療業界への関心が以前より急激に増しました。自分で調べることも増えましたし、敏感になりました。

大学院時代からその領域に興味が出始め、医療ニュースの収集や執筆をやり始めた経緯があるので、続けていればその環境の仕事は出来るし知識もついてくるものだなと思っています。収集だけでなくて、自分の意見を持てるようになってきたのが一番の収穫です。

 

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こう書き出すと、技術としてまだまだだなあと幻滅するのですが、ゼロのままではないのは実感しているのでコツコツ頑張りたいです。最近モチベーションがガンガン上がってきたので、ちゃんと人と会って、エンジニアの人たちや医療関係の人たちの話を聞いたりしていこうと思っています。楽しそうなのあったら教えてください。

 

私がもともと問題意識を持っていたものや変えたかったものの近くで働くことが出来ているので正直今めちゃくちゃ楽しいです。ただ先輩方には確実に迷惑をかけているので、もう少しレベルアップしないとなとは感じています。恐ろしいことに私が新人素人であることを知らないお客さんも増えてきてしまったので。。

 

また半年後には今とは違う敵と戦えていればいいなと思うばかり。
エンジニアの諸先輩方、今後ともよろしくお願いいたします。

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今日の1枚『競技としての玉入れに衝撃を受けた』

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一度に玉を投げるのが競技玉入れ(左)
一個ずつ投げるのがお遊び玉入れ(右)

 

あいかりん(Twitter: @ica1299

# noteはじめました

note.mu

エンジニアは技術があればそれで良いのか

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エンジニアは技術力があれば良いのか、手が動かせれば良いのか、良いモノを作れれば良いのか。そんなことを最近思いながらオフィスにいる。

そんなことはいいから早く仕事覚えろよという感じだが、会社における技術力のあるエンジニアと技術力もあるエンジニアについて書きたい。

※初めましての方はこちらから。私の経歴らしきものです。

 

 

$ 技術力あるエンジニア

技術力のあるエンジニアを以下のようにイメージしてほしい。薄っぺらく女子大生っぽく言えば、PCや機械の故障もすぐ直してくれるようなエンジニアだ。合コンで『何の仕事してるんですか〜?』と聞かれると、難しい言葉を発しがち。でも創造力(想像・妄想ではない)や開発力に長けている。新たな言語や技術への学習意欲も強いかもしれない。

今となってはよく耳にするが、IT企業も日本全体で言えば新しい業種。エンジニア不足とも聞くが、やはり求めているモノを作ったり、私たちの見えない裏側をいじれる技術あるエンジニアはかなり重宝されると思う。こんなものを作って欲しいと言う人とそれを具現化する開発・技術者がいて成り立っているのは事実だ。

 

スタートアップ含め、比較的少人数の会社なら、それらのメンバーがお互いに上手くコミュニケーションを取りながら事業を進めやすいと思う。お互いの意見を聞き取りやすい環境だから。ある程度お互いのバックグラウンドを知った上で働いている場合も多いから。

では今後、より大きな会社に成長していってもそれは変わらないのだろうか。私は難しいと思っている。

 

 

$ 技術力もあるエンジニア

上に書いたようなエンジニアに、人を使う力や対話力をプラスした人をイメージしてほしい。合コンで『何の仕事してるんですか〜?』と聞かれると『◯◯って知ってる?あれ作るのに関わってるよ』くらいに、はっきりとした業務は分からないものの、その女性が女友達に説明するには十分すぎる嚙み砕き方をしてくれる。

会社が大きくなればなるほど、色々な人が増えるのは言うまでもない。その中で、技術の話を噛み砕いて話せる、感情ベースの意見にも耳を傾けられる、本心腑に落ちなくても非エンジニア側にも立てる能力は強いと思う。自分だけではなく、他人と仕事をしなければならないからだ。

 

それは非エンジニアに対してだけではない。技術力のあるエンジニアが増えてくると、エンジニア間ですらコミュニケーションは難しくなる。個人プレイばかりできない、良くも悪くもここは会社なのだ。そこでも力を発揮しうるのが技術力もあるエンジニアだと私は思う。エンジニアだから、エンジニアの言い分が分かる。ここがきっと大きい。これによって、エンジニアがエンジニアをマネジメントするピラミッド構造ができる。


技術力があることは勿論大事だけれど、エンジニアは口を動かす技術もがんがん使って良いと思うのだ。それは結果的に、作りたいモノをもっと素敵に、かっこよく作ることに繋がると思うのだ。

 

 
これから先、今よりも開発者・技術者は各業界で必要とされるだろう。ITと無縁だった業界では特に、エンジニアと非エンジニアが上手く対話できない場面が出てくるはずだ。そんなとき、無駄なイライラをエンジニアに与えたくないし、エンジニアを扱いづらい存在だと思われることも避けたい。

良いモノを作って、ユーザーに喜んでもらいたいという気持ちはきっと誰だって変わらない。だからこそ、エンジニアは良いモノを作り続けるために、科学技術が浸透する社会に順応する存在でい続けるべきだと思う。手を動かして動かして、時には対話をして、ベストな成果物を作る。簡単そうで、実は難しいことのような気がしている。(そんな現場を何度か見ている)

 

全員がそうならなくても、そういうエンジニアが増えていってほしい。人をまとめながら、かっちょいいものも作ってブイブイ言わせて欲しい。作るだけの人と思われないでいてほしい。

 

最後の方は私の願望に過ぎないけれど、これがエンジニアのいる環境にいて思った素直な気持ちでした。こちらからは以上です。

 

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今日の1枚『今年こそ』

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あいか(Twitter: @ica1299) 

 

20年越しの決意表明

ここ2年間くらい、今年で辞めようと思い続けていた日本舞踊を辞めるのを辞めました。

 

私は5歳くらいから日本舞踊を習っています。受験や研究室などで毎年はできていなかったものの、出れる時には毎年舞台に出ていました。それだけ聞くと、辞めようと思っていた意味も分からないかもしれないのですが、本当辞めたかったです。
ちなみに母親は、先生に教えていただきながら、時には先生としてお弟子さんに教えながら、日本舞踊を長いことやっています。

辞めたかった理由は3つ。

  1. 能力的に仕事の1つとして続けるほどの将来性がない
  2. 舞台に出るための金銭的時間的コストへの対価がない
  3. 周りが求めるほど母親と同じ道を辿る気がない

"ない"の3連発で笑っちゃうけど、この3つに限ります。


今年の7月、初めて大きな舞台に立たせていただく機会がありました。それを終えたらキリもいいし日本舞踊を辞めようと思っていました。社会人になって、やりたい業界で働くようになり、この業界で何か結果を出したい。自分なりのぼんやりとした将来設計も思い描きつつあって、その将来設計の中に日本舞踊を続けることは入っていなかった。コストだと思っていました。だって、続けていても先生になる技量もなければ、なりたいと思ったこともないから。

ただ、7月の舞台に出て、気持ちが変わりました。


15回近く舞台に出てきて、初めて、楽しいと思いました。辞めようという決意が揺らぐのは本当に一瞬で、踊り終わった直後には傾きかけていました。『あ、あの踊りもやってみたいな』と思ったのです。初めて。

そして当日舞台を観に来てくれた会社の同期の『続けたほうがいいよ』という言葉が、その後押しをしてくれました。

 

これまで『続けた方がいい』という、続ける・続けないの選択肢があることを前提とした言葉を周りの人に言われたことがありませんでした。先生としても日本舞踊をやっている母親の子どもなのだから、続けることが当たり前だと家族親戚も思っています。母親のお弟子さんにも、そんな主旨のことを言われたことが何度もあります。

みんな私が日本舞踊を大好きだと思っていることも、いつかは親子で踊るのかしらねという言葉も、全てが負担でした。自分の意志とは関係なく気づいたら日本舞踊を始めていただけなのに、そういうものだと思って舞台に出ていただけなのに、何故いつの間に続けるものになっているのか。私の好きなこともやりたいことも、勝手に決めないでほしかった。

 

それなのに、普段より多くの練習時間をかけて、多くのお金もかけて臨んだ今回の舞台はそのもくもくした気持ちを消し去るパワーがありました。母親は『やっぱり大きい舞台は違うよ』と言っていました。辞める理由の1つでもあったけれど、今でもコストに見合うだけの目に見える対価はないと思っています、表面的には。でもたくさんのお客さんの前で、いつもより綺麗な着物と髪型と設備の中で披露することで得られる感覚が対価そのもので、きっと今回大きい舞台に立つ機会がなかったら、それに気づくことはなかったと思いました。

 

辞めないと決めた今も、日本舞踊で将来食べていく気はないし、母親みたいに続けていく気はありません。毎年舞台に出たりもしないと思います。でも、完全に辞める気もなくなりました。練習時間で遊ぶ時間が削られてもやる価値はあると思えたことは、それだけの大発見だったから。

 

何かを続けるのも辞めるのも大変なことで、エネルギーがかかる。決めきれずにうだうだやっている時間ほど無駄なものはないから「考えるより行動」というのもすごーく分かる。けど、行動するエネルギーがいつも生まれるほど意識が上がらないことだってある。行動しろと言われるとやりたくなくなったりする。でもそういうことこそ、少しだけやってみると一瞬で決意が決まったりするかもしれない。今回はまさにそれだった。

 

 

今年の舞台、たくさんの友達に来ていただきました。この場を借りて...本当にありがとうございました。とても嬉しかったです。最後になるかも、と言うから観に行ったのに!!という人はごめんなさい(笑)。

最後に、どうかこの投稿を母親に見せぬよう共通の知人たちはおお願いします!!!!!!!

 

あいか(Twitter: @ica1299