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あいかりんの絵日記

もれなく私の描いた絵がついてきます

友人の死が教えてくれたこと。

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昨年の夏と秋の真ん中くらいの時期に、中学時代の友人が病気で亡くなりました。それについて書くには今更すぎるけれど、一周忌を終えて数ヶ月経ち、冷静にパソコンに向かえる気がしたので書き記します。

同じ中学校だった同級生たちにもいつかこの文章が届いてくれれば嬉しいし、私の同年代の人にも是非感じてほしい想いがあります。

 

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今から2、3年前くらいかな、母親から「最近入院したりしているみたいよ」と言われたことで、彼女とその病気について触れることとなりました。

 

彼女とは中学生の時に知り合いました。彼女はピアノが得意で、合唱コンクールではいつも伴奏、卒業式の時も伴奏をしてくれました。きっと中学の同級生からはその印象が大きいと思います。本当に上手だった。そして彼女は音楽科の高校へ、そして音大に進みました。1年生の頃は遊びに行ったりしたこともありましたが、部活やクラス替えなど色々な要因で卒業以降は連絡を取り合うこともありませんでした。

 

入院を繰り返しているとは何があったんだろう、とお節介な私は気になりました。薬学部というのもあって病気とかについては特に放っておけなかったのです。聞いていいのかもよく分からなかったけれど、居ても立っても居られなくて「入院しているって聞いたけど、何かあったの?」と久々に彼女に連絡を取りました。このお節介な連絡、私は後悔していません。

 

 

返事は長文でした。病名、どうして気付いたのか、今どんな状況で、どんな薬で治療をしているのか、これからどうしていくつもりなのか。久々の連絡をした私に、細かくリアルな現状を教えてくれました。明確な治療法が存在せず症例も少ない病気だった彼女の状態は軽い症状ではないにも関わらず、治療に対する意欲が強くてポジティブだった印象があります。でもその文章の影には、抱えている不安を押し殺しているような、そんな印象も同時に感じていました。

 

そして、「まだ知らない友達もいるんだけど、薬学部だし、あいちゃんなら私の病気治してくれるんじゃないかと思って全部話しちゃった!」と。

 

現実的に考えれば、私が今から頑張っても彼女の病気の治療薬を作ることは出来ないわけです。でも、薬の勉強をし続けることは彼女にとって精神的不安を少しでも和らげることに繋がるのかもしれない、と言葉にしにくいけれど決意に変わった瞬間でした。

 

 

彼女は闘病生活をブログに書き続けました。抗がん剤で髪の毛が抜けてしまってもウィッグのおしゃれを楽しんでいたし、闘病仲間とたくさん繋がって励ましあっていました。そして誰よりも、その病気を憎いと思っていた。同じく苦しんでいる人が助かるように、もっと色々な人に病気を知ってもらえるようにと願っていました。

 

私はその文章を見ていることしか出来ませんでした。こんなに強く頑張っているけれど、どこで不安を吐き出しているんだろう。むしろ私が不安でした。彼女は自分と同い年なわけで、そんなに頑張って頑張って強く居続けられるほど、まだ強くなるには若すぎない?と。

 

度々連絡を取っては、再発状況を教えてくれました。逆に私は、最近習った抗がん剤の話だったり、今後医療がこうなってほしいと思っているよ、とかそんな話をしていました。それしか出来ませんでした。

 

 

 

そして去年。研究室にいた私のもとに母から電話が来ました。亡くなったことを伝える電話でした。そこは研究室だったのに、急に涙が出てきて、いつかはその日が来ることを分かっていたはずなのに「なんで」という疑問ばかりに包まれました。

どうしたらいいのか分からなくて、バイト先の友人に泣きながら電話した記憶が残っています。中学の同級生たちに一通り連絡をして、お通夜とお葬式の日程についてお伝えして回りました。その連絡相手たちは、彼女と仲の良い人ばかりではなかったと思うし、この行動が正しかったのかは今でも分かりません。でも、一緒に過ごした人、自分たちの卒業式に彼女の存在が必要不可欠であったことは周知のことだったから、がむしゃらに連絡をしました。この事実からそれぞれが何か考えるきっかけになれば、それだけでも良いという思いでした。

 

もう働いている人、学生の人、男女問わず、彼女を見おくるために当日足を運んでいる同級生がたくさんいました。彼女の高校かな、大学かな、友人たちが演奏をしてくれて、音が絶えないお通夜でした。こんなにたくさんの友人に囲まれて幸せだったのかもしれないと思うと同時に、いやそれ以上に、もっとこの友人と一緒に過ごせる時間を延ばせたらもっと楽しいことが出来たかもしれないのにとも思いました。

 

 

そして私に残った感情は、無力感でした。結局私は何も出来なかった。薬の勉強をしたって、薬をつくることも出来ない。薬剤師になったとしても治す薬を処方することも出来ない。結局「あいちゃんなら治してくれるんじゃないかと思って」という言葉に相当するものを返せなかった。無理だと分かっていたのに、無力すぎて辛かったです。本当に。

 

後日、亡くなった彼女のLINEから彼女のお母さんからメッセージが届きました。一番辛いのは両親のはずなのに、ありがとうございましたという感謝のメッセージでした。こちらこそだよ、こっちが元気もらってたよ、と何とも言えない感情でした。でも、いただいたメッセージを通して、私は私なりに薬学と向き合っていくことがいつか彼女のためになるのではないかと思えるきっかけになりました。

 

 

 

そして一周忌の数日前の彼女の誕生日に改めてブログを見ると、たくさんの人から天国に向けてお祝いメッセージが書かれていました。こんなことってあるんだ、とびっくりしました。今でもコメントが途切れることはなく、彼女のブログはたくさんの人を支えているようでした。そして私は彼女のLINEに、誕生日のお祝い、そして来年から医薬品業界で仕事をすることを報告しました。そしてお母様に、いつか直接的ではなくても彼女の病気を治すような薬に貢献すると宣言しました。

 

 

亡くなってしまったのは悲しいこと、でも彼女の生き様は本当にかっこよかった。弱さを隠していた数年間を感じさせないくらいの強さは、健康な私よりも強かった。

 

私と同年代の人でも病気で命を落とすことは自分と無関係の話では決してない。これが彼女の死を通して身に染みて感じたことです。死を恐れるな、と言うけれど死は怖い。いつ自分の身を襲うかも分からない。でもだからこそ、今出来ることは今しなければならないということを、体を張って教えてくれたような気がします。

 

 

彼女から病気のあれこれを教えてもらえなかったら、私はここまで考えたり思ったりすることはなかったかもしれなくて、だから言いにくいことも言ってくれた彼女には本当に感謝しています。ありがとう。

 

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書けると思って書き始めたけれど、やっぱり同級生の死と向き合うのは辛かった。。
これからも応援しています。

 

あいか(Twitter: @ica1299